北海道コンサドーレ札幌の王道と遍歴2020年7月号

ブラボー
「BRAVO!」感謝や感激の表現
フランス語系で60年前に出会った
デットマール・クラマー氏が日本へ
1960年「大和魂」の根性を拝受
近代JAPANサッカーの夜明けだ
いま親指を立て「ブラボー」と叫ぶ

北海道コンサドーレ札幌がJ1連勝
四方田修平ヘッドコーチが引き上げ
ペトロヴィッチ監督の3年目に注目
新型コロナウイルス危機の中で挑む
J1残留4年の先に見えるACLだ
マスク無しで通訳と遣り取りは疑問

クラマーさん2015年90歳で没
川淵三郎キャプテンや田嶋幸三会長
村井満チェアマンらに将来を託した
今のJAPANの基礎を造り上げた
一方ジーコ氏らのブラジル勢からも
独特の技術やプレースタイルを学ぶ

個の力の成長とチーム感覚の育成だ
WMシステムから延々4−3−3や
4−4−2の2トップの攻守の展開
現在コンサドーレは3−4−2−1
ミシャ考案の「ハイプレス」が登場
菅野−宮澤−チャナで武蔵が決めた
コンサドーレ札幌の王道と遍歴
上:上段写真/「ブラボー!」を連発しながら練習を見守るペトロビッチ監督。2020年6月9日、札幌・宮の沢白い恋人サッカー場。                                   上:下段写真/日韓W杯を観戦しに来日したデットマール・クラマー氏。2002年6月3日、札幌市内。撮影はいずれも石井一弘
コンサドーレの王道を拓く
「北のサッカーアンビシャス」235号 鹿島に2勝目を伝える「岡田武史論」
 2001年1月11日=イレブンの日=に北海道民のサッカー専門誌「北のサッカーアンビシャス」が発行された。あれから19年、北海道に根を下ろした北海道コンサドーレ札幌は、道民を身震いさせるような快挙をやってのけた。2001年5月12日、J1リーグ最強の鹿島アントラーズに2−1で勝利して以来19年振りの勝ちを2020年7月8日にやってのけた。
 8日の勝利は2−0の完封。ミハイロ・ペトロヴィッチ監督の采配を受けて3年目の「ブラボー」な日になった。
 最初の勝利は、いま今治でJ3昇格、チームのオーナーになった岡田武史氏。出会いは1999年に輝かしい「みやげを持って」来道した岡田監督。1998年ワールドカップ(W杯)フランス大会に初めてJAPANを連れて行った監督。帰国して、休む暇もなく訪れた北海道。待っていたのは「コンサドーレ札幌」の首脳陣。ワールドカップJAPANの岡田クルーをほとんど網羅したコーチ陣でブラジルのフィジカルコーチも入っていた。スポーツの殿堂にするため造った「つどーむ」で「岡田・コンサドーレ」の発会セレモニーを行った。
 ここに1枚加わっていたのが「北のサッカーアンビシャス」。2002年のW杯日本・韓国共同開催を控えた、「サッカー熱は札幌ドームを造り」、日本初の「サッカーくじtoto販売」の計画まで進んでいた。発案者・柴田勗札幌大学名誉教授に抜かりはなかった。
岡田監督は3年で横浜F・マリノスへ
 2001年J1コンサドーレ札幌の陣容(オフィシャルガイドブックから)
 GK佐藤洋平、DF田渕龍二、森秀昭、森川拓巳、名塚善寛、大森健作、MF野々村芳和、ビジュ、FWウィル、MFアウミール、FW播戸竜二、深川友貴、DF古川毅、MF森下仁志、瀬戸春樹、FW黄川田賢司、FW大黒将志、MF山瀬功治、伊藤優津樹、和波智広、GK藤ヶ谷陽介、DF吉川京輔、DF曽田雄志、MF奈良安剛、中尾康二、DF今野泰幸、FW遠国信也、MFアダウト、GK井上敦史、小林弘記、FW堀井岳哉=以上31人(背番号順のためポジションでくくれませんでした)。
岡田監督へ「石の上にも3年」
 4文字コラムの始まり「石上三年」。この頃から「川柳の5・7・5」にちなんで、文字で16文字を一行に「縛り」を付けて、「評論」を書いてきた。岡田監督には、このコラムを送る。
 4ブロックに分かれた文は、3行読んで右へ。6行が1ブロック。岡田監督が2001年12月に札幌ドームを去るときの思いを綴ったコラムです。


石の上に三年座しそろそろ温まった    新たなものを求めてまたさ迷い歩く
居心地が良くなる頃に次の石を探る   コンサドーレ札幌の岡田武史監督が
請われて座った石に人は満足しない   惜しまれてチームを去る決意をした

「岡田再任」をほのめかす言葉多々   長いシーズンを乗り切るために言う
短日をひとあし早く迎えた北海道で    確実に選手達は上手くなっていると
枯れ落ちる選手に悟られないように   サポーターも会社も最高と確信する

自問自答する中で口にして自覚する   第2ステージから苦しみが始まって
己のモチベーションと選手の志気と    言いようのない不安といらだちの中
応援している人びとに笑顔で答える    J1 年間 11位という花を手にした

1999年からはじまった孤独との戦い  座りたくない針の筵に晒された日々
それでもかけがえのない幸せな時と   道民と共に喜怒哀楽を分かち合って
サッカーだけではない文化も語って    皆に胴上げされて岡田監督は去った


 心を込めて、2020年の、ご多幸を祈ります。
                                                    (池田 淳)