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一覧に戻るヨーロッパフットボール回廊『戦争とW杯の行方、イラン参加辞退、イタリア参加か?』
26・03・14
2月28日突然アメリカがイランに対し原子爆弾製造を継続していると警告、イスラエルと共にイランを空爆、中近東エリアは戦乱の中に巻き込まれた。トランプ大統領はこの攻撃でイランの現革命政権体制を壊滅させるとし、陸上部隊を派遣しての戦争ではなく、ドローンによる攻撃で首都テヘランに爆撃を加えた。イラン最高指導者アリ・ハメネイ師とその家族がアメリカのピンポイント空爆で死亡。3月2日にはイラン革命防衛隊は反転攻撃を開始、8日にはハメネイ氏の次男が爆撃により負傷していたが、次期最高指導者として任命され、中東全体が戦争の渦に巻き込まれた。
アメリカの傘の下、イスラエルはテヘラン、ベイルートを空爆、イランはホルムズ海峡を封鎖、イスラエル、バーレン、クエート、カタール、UAE、サウジのアメリカ基地を反撃空爆し、アメリカ+イスラエル対イランの戦果は中東全域に拡大している。イランは世界の石油、LNGの大半を産出するアメリカ側上記産油国のタンカーを爆撃しており、現在は第2の石油危機に世界が直面している。短期決戦を目指していたアメリカの思惑は崩れ世界経済に与える影響も多大となってきている。今日現在もこの戦いは続いており早期収束は覚束ない状況にある。
この余波は世界経済の低迷と混乱をもたらすことは必須であるが、スポーツの世界にも大きな課題が生まれてきている。今年6月開催のアメリカ、カナダ、メキシコ3か国による史上最大48か国が集うFIFA北中米W杯の行末が混沌としてきた。
1)まずイランのスポーツ省ドンヤマリ大臣はアメリカの空爆によって「今年の北中米W杯への参加を取りやめる」と宣告した。
2)一方、主催者たるFIFA会長インファンチーノは「イランのW杯参加を奨励する」とコメントしている。
3)アメリカのトランプ大統領はイランのW杯の参加を認めており、安全上の懸念はあるが参加するのであれば了承すると公言している。しかし国内での治安保持のためイラン人サポーターを入国させるかは定かではない。
4)然るに先般オーストラリアで開催された女子アジア選手権に参加していたイラン女子チームの6人がオーストラリアに難民申請し亡命が認可されイランチームから脱退(後刻1人は亡命を回避)した事件が起こった。この一連のやり取りから現在FIFAはイラン不参加の場合の代替国をどうするか検討せざるを得なくなっている。
イランは北中米W杯予選ではグループG組に入っており、ベルギー、エジプト、ニュージーランドと対戦することが決まっている。イランの対戦日は6月16日対ニュージーランド(ロスアンジェルス)、22日対ベルギー(ロスアンジェルス)、27日対エジプト(シアトル)でありすべてアメリカ国内での対戦となっている。
FIFAはイランの脱退から代替えの国を選ぶ必要となり現在検討中である。有力な案としては次の通り。
(1)イランがAFC(アジアフットボール連盟)のメンバーでありAFCの次点から選ぶ。
(2)今月なかばから行われるヨーロッパ(UEFA)のプレーオフの結果で決める。
(3)現在のFIFA加盟国ランキングの最上位のUEFAの国から選出する。
しかし(1)案のAFCからの選出については、現在イラン対アメリカ・イスラエル戦争のとばっちりを受けている湾岸国のイラクまたはUAEがFIFAアジアランキング上位であり有力であるが、戦火の中の当事国として果たして合理性があるのか疑問である。
(2)案についてはFIFAとしては紛争国近辺地域(中近東、ロシア、ウクライナ)の国を選出しがたいため、3月中旬より行われるUEFA(ヨーロッパ)のプレーオフの勝者から選出する案であるが、このプレーオフは4組となっており、次点の1国を選ぶ基準がまだ決まっておらず、そのプレーオフのプレーオフをどうするのかが課題となってきている。
そこで(3)案のUEFAのランキングでの上記プレーオフ出場国のうち一番上位の国を選ぶという案が検討されている。となるとその国はイタリアでありFIFAランキングでは13位で、アジア(AFC)選出の日本、韓国、オーストラリア、カタール、ヨルダン、サウジ、ウズベキスタンより上位であり、現在の戦時国ではない点で有力視されている。
いずれにせよ3月31日にヨーロッパのW杯参加国が決定するので、それまでにどうするのかFIFAは示さなければならないが、3月13日の時点ではまだ決まっていない。
今や世界は戦火の中にあり、そのなかで平和裏にスポーツを楽しむにしては厳しい世界でもある。果たして北中米のW杯が平和裏に終われるかこれからも注視していかねばならないだろう。
◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
89−94:日本サッカー協会欧州代表
94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
08:JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
伊藤 庸夫











