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ヨーロッパフットボール回廊『古き新しきもの‐伝統のFAカップ健在』

21・01・12
 新年明けましておめでとうございます。昨年はコロナに明け暮れた年でした。世界的に汗をかき、体を動かし活動的になることから、静寂の中に物事を注視し身を沈める生活を余儀なくされました。今年はこの生活から脱皮し新たな世に躍り出る年にしたいものです。

 今年度のフットボールも多くの試合がコロナの影響で中止となり、延期され、無観客の中で熱も興もなく淡々と行われていたが、新年に入り英国全土でコロナ患者が爆発的に増大、新種のコロナも特に英国南部、ロンドン地区で蔓延(まんえん)し、1日の感染者数が全国で6万人を超したため政府は第3次ロックダウンを宣言した。この為、あらゆるスポーツが中止となりフットボールについてもアマチュアの練習、試合共に中止とした。プロのフットボールだけは全国無観客を条件に持続しているが、「この事態にプロだけ試合を認めるのはおかしい、即中断すべきである」という声も政府、国民そして一部のクラブからも上がってきている。

 その最中、英国の年中行事である『The FA Cup』の3回戦が1月8、9、10日に行われた。1871年に開始され、以来2回の世界大戦時中止になった以外は連綿として開催されており、今年は140回目の大会となっている。英国のスポーツの伝統的なカップ戦である。

 このFAカップはアマチュアからプロまでThe FAに登録されたチームで在れば参加出来るカップ戦であり、アマがプロに勝つ、プロの4部チームがプレミアチームに勝つといった番狂わせも毎年幾多とある。英国民にとっておらが村、ホームタウンのチームを応援する原点ともいわれている。この下部チームが上位チームに勝つことを『Giant Killer(ジャイアントキラー)』というが、今年もプレミアリーグクラブが下部クラブとの対戦が行われた。その典型的な試合を取り上げてみよう。

■1.リバプール対アストンビラ戦(3回戦)
 アストンビラは練習場でトップチーム選手がコロナに感染しトレーニングが出来ず一時隔離された為、リバプール戦にはU−23の7選手とアカデミーからU−18の4選手で対戦せざるを得なかった。最年少選手は16歳、そして結果はトップ選手が出場したリバプールが4−1で勝利。この試合を実施したことに『Morally wrong(道徳的に間違い)』という声もニューキャッスルの監督ブルースから出てきた。延期すべきであったのではないだろうか。

■2.クロリー・タウン対リーズ
 プロ4部クロリー・タウンはプレミアのリーズと対戦。現在プレミアリーグ中位の攻撃的なシステムで注目を浴びているチーム。リーズが圧倒するのではとみられていたが、3−0とクロリー・タウンが圧勝し4回戦に進んだ。過去125年のクラブ歴史の中で4回戦に臨むのは3回目。まさにジャイアントキラーだ。ガトウイック空港の小都市ローカルチームが4回戦でどこと当たるか注目されている。4回戦でもジャイアントキラーになることを期待したい。

■3.マリーンAFC対トッテナム・ホットスパーズ(以下スパーズ)
 マリーンAFCは1894年創立の伝統あるリバプール近郊のクロスビーをホームとするチーム。現在は北プレミアリーグ北西部1部としてトッププレミアリーグから数えると8番目の下のリーグに所属している。スパーズの現在位置プレミアリーグ3位から数えると160番目の下のチーム。(言ってみればコンサドーレ対北海道の高校チームのレベルの戦いか?)

 現在英国のコロナ制限の為、アマチュアクラブは休止中であるが特例としてThe FAカップの試合には出られる措置が取られた。マリーンとしてはこのFAカップ3回戦、プレミアのスパーズを迎えるにあたってホームとして種々準備をして試合を行った。

*まずグラウンドの駐車場にスパーズのチームバスが大型すぎて入れず、選手にはバス駐車場から徒歩にてスタジアム入りしてもらった。

*クラブの更衣室は狭くて汚い。そこで臨時の更衣室をスタジアムのファンクション・ルームを更衣室とした(注:英国にはどんなに小さいクラブでも地元のイベントなどを行うためスタンドの上段にファンクション・ルームがある)。

*無観客となり入場料収入無しとなる為、バーチャル・チケットを1枚10ポンド(1,400円)で売り出しこれが30,000枚売れた(300,000ポンド=4,200万円)。大きな収入であった。

*無観客ながらサポーターは詰め駆け、多くは木に登り、あるいは家の屋根から応援した。

*対するスパーズもモリーニョ監督の計らいで、選手スタッフは10ポンドのバーチャル切符を買い相手マリーンに貢献。更にトップ選手(GKハート(イングランド元代表)、DFアルデルブイアード、MFシセッコ、FWアリ(イングランド代表)、ムーカス・モーラそしてサブにガレス・ベール(ウエールズ代表)などを選び試合をした。結果は0−5のスパーズが圧勝。

 相手に対してもスパーズらしい最高の布陣で臨んだモリーニョ監督は「私は英国人ではないがイングランドのフットボール界にいる。伝統を重んじ、例え実力差があっても相手チームをレスペクトし今現在のベストチームで戦うのがスポーツであり、『The FA cup』の神髄であろう」とコメントし称賛を浴びている。

*試合後のキット(ユニフォーム)交換はコロナ対策上禁止されているため、スパーズはマリーンAFCの選手にスパーズ選手のキットを後刻贈呈した。

 まさにこれこそ『The FA Cup』のよって立つゆえんであろう。
 
 コロナ禍のなかでスポーツとは何かを思い起こせるFAカップ3回戦であった。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08  :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
伊藤 庸夫