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ヨーロッパサッカー回廊『プレミアリーグ放映権の行方』

18・01・23
 フットボールファンの方々、遅ればせながら今年もよろしくお願いします。

 さて新年早々、景気の良いニュースが英国からやってきました。実現したら、これからのフットボール界そして選手の将来はどうなるのか。身の丈経営から脱却した、大判振る舞いによるスポーツの将来はどうなるのか。種々の可能性と疑問点がスポーツ界だけではなく文化の面、経済の面、社会性の面で湧き上がってきます。

 英国イングランドのプレミアリーグが発足したのは1992年、日本でいえばJリーグ初年の一年前です。

 あれから25年、その変化は著しいものがあります。当時プレミアリーグのプロ選手の平均報酬は週給1,000ポンド(年間52,000ポンド=現在価格で約800万円)トップ代表選手であったアラン・シアラーでさえ週8,500ポンド(年間6,200万円)が最高額でした。

 しかるにJリーグでは大卒3,000万円、高卒800万円が新卒選手の報酬の最高額であり、各Jクラブのトップ選手は三浦知選手の2億円を筆頭に億を超えた報酬で契約していました。そのため世界のトップ選手、例えばイングランドからリネカー、ブラジルからドゥンガ、イタリアからスキラッチといった選手がJを目指して押し寄せ、結果的には日本のフットボール人気と普及に大いに貢献したものです。

 25年経った現在のプレミアリーグの選手報酬は年2.6百万ポンド(約4億円)であり、1992年から見れば50倍になったことになります。

 この報酬アップの原資は一体何なのでしょうか? それこそテレビでの放映権料収入による事大なのです。フットボールの魅力を単なるスタジアムへ来るサポーターだけではなく、その数十倍ものファンを魅了する手段として、テレビ観戦を有料化した最初は1992年プレミアリーグの放映権を獲得したスカイテレビでした。

 スカイテレビはテレビ放映に当たって視聴者から視聴料を徴取し、その中から契約先のプレミアリーグへ放映権料として、4年契約305百万ポンド(年間114億円)を支払ったのです。20クラブですので1クラブ当たり5.7億円相当がクラブ収入として支払われました。当然この資金は選手の報酬に反映され年々昇給していきました。

 現在のプレミアリーグの放映権料は幾らでしょうか? メインはスカイとBT(英国テレコム)のジョイントで2019年までの3年間契約5.136ビリオンポンド(7,704億円)で締結しています。1年あたり2,568億円、1チームあたり130億円の収入となります。

 1992年に比べると22倍に膨れあがったことになります。この資金を基に世界のトップ選手をプレミアリーグに集め、世界一エキサィテイングなリーグとなっています。

 従い選手の報酬も上がり、エバートンへ移籍したルーニーは週給26万ポンド(年間20.3億円)。現在移籍騒動に巻き込まれ、まだ去就が決まっていないアーセナルのストライカーサンチェスは週給30万ポンド(年間23億円)を要求しており、移籍先が有望視されているマンチェスターシティが果たして彼の要求をのむのか、これもテレビマネーが躍っている状況です(結果、年俸を上乗せしたマンチェスター・ユナイテッドに土壇場での移籍となった)。

 このフットボール最大の放映権を巡る戦いに挑戦するライバルが現れたのです。挑戦者はアメリカに本拠を置くオンライン・ジャイアント「アマゾン」です。

 2019年からの契約更改に、現在の契約者スカイ+BTを蹴落としてテレビ放映権を獲得する交渉を始めたのです。経営規模430ビリオンポンド(約65兆円)のシリコンバレージャイアントが、テニスのATPツアー、アメリカンフットボールの放映権獲得に続いて、プレミアリーグ放映権を買い取りに来たのです。

 スカイ+BTの経営規模からすると、10倍もの売り上げを誇るアマゾンが放映権を獲得するのか、交渉は今年から始まります。アマゾンが現状より高額の、例えば3年1兆円の金額を提示した場合、スカイとBTは対抗できるのか。多分BTは降りるのではないかと見られています。

 英国の国技がアメリカに取られてしまうだろうかという懸念も広がっています。

 プレミアリーグとしては各クラブへの分配金が膨らみ、クラブは世界から高額の移籍料と高額な報酬を提示しトップ選手を獲得でき、更にエキサイティングな試合が展開されることに期待していますが、果たしてそうでしょうか。

 週給1,000ポンドに甘んじていた25年前のプレミアリーグの熱意とゴール裏のコアのサポーターの応援で、これぞ『イングランドの文化なり』と示していたフットのボールが、無国籍の金持ちファンと金を目当てに英国に来る国境なき選手で溢れかえってもいいのであろうかと、懸念するジェントルマンもまだいるのです。

 そうなればイングランド代表選手を、それもワールドカップ優勝を狙える選手をどう発掘・育成していくのか。20歳前後に一般人の数十倍の報酬を得て、ポルシェ、フェラーリを乗り回し、揚げ句の果て人生に沈没してしまうのではないかという警鐘を鳴らす関係者もいます。

 フットボールがマネーゲームにならないかが問われる放映権獲得争いです。どうなるか見守って行きましょう。


◆筆者プロフィル◆
伊藤庸夫(いとうつねお)
東京都生まれ
浦和高校、京都大学、三菱重工(日本リーグ)でプレー、1980年より英国在住
1980−89:日本サッカー協会国際委員(英国在住)
  89−04:日本サッカー協会欧州代表
  94−96:サンフレッチェ広島強化国際部長
2004−06:びわこ成蹊スポーツ大学教授
  08    :JFL評議委員会議長(SAGAWA SHIGA FC GM)
伊藤 庸夫